Naturtrompete & tief F Trompete
 
 普通のB管やC管を吹いている人からすれば、「わざわざ不便な古楽器を使う事に興味はない」という意見が多数でしょう。ナチュラルトランペットはただの筒ですし、F管トランペットも吹きにくい上に長すぎて音が外れやすい、と言った実用上のデメリットがあります。その上、EggerのナチュラルトランペットやWeberの長管トランペットなどは高価なので、古楽器を中心とした活動をしていない、古楽器中心の楽団に所属していない限り、なかなか興味本位で手が出る値段ではありません。一方で、安価で入手できるAmatiのナチュラルトランペット・Cerveny長管F管トランペットは、普段使っている(現代)マウスピースのままで、B管より長い管を吹いてみる・体験してみる・試しに使ってみる・基礎練習に取り入れる、と言った目的であれば非常にコストパフォーマンスに優れており、低価格で18世紀~19世紀の楽器を体験できるレアなトランペットと言えます。



アマティ D管ナチュラルトランペット
チェルベニー 長管F管トランペット
と、通常のB管トランペット、B管コルネット








ナチュラルトランペットを使ってみる

Amati ABG-291A
Es管、D管、C管のセットになっている
国内のあるプロオーケストラでも一時期使用されていた



Carol CNT-4000-YSS-Bb/D-L
B管とD管のセットになっている
ベルに穴を開け黒紐で縛るなど形状が本格的




 アマティで作られているビューグルには、様々な長さの管があります。その中で、オーケストラの古典派レパートリーで使い勝手が良いのは、ABG-291Aという品番のC管D管Es管のセットです。ABG-291というEs管だけの品番もありますが、Es管指定の曲に限られてしまうので、291Aのセットが良いでしょう。ABG-223というF管G管のセットもあるようですが、日本国内に入荷した形跡はなく、海外オークションサイトでもほとんど見かけません。

 ABG-291Aは、モダントランペットの部品を部分的にそのまま流用する事で、安い価格を実現しているようです。ベルは125mmの口径で、ピストントランペットとほぼ同じです。ボア径は11.7mmで、マウスパイプのシャンクもBachのマウスピースがそのまま使えます。またチューニング管の抜きしろが長く、Des管、Ces管(又は415Hz時のD管C管)として使用可能な他、ポンメルやリング(旗や装飾紐をつける)もついています。




Amati Krasliceの彫刻


ポンメルが付いている


旗や化粧紐を取り付ける穴は全部で3か所


マウスパイプの刻印


ベル根元のU字はややスクエア


Es管とD管のクルーク


C管のクルーク


C管クルーク1には水を捨てる為の抜き差し管が付いている





 古典派の作品では、トランペットの楽譜は殆どドミソばかりの世界です(しかし、その一音に深い世界がある)。この頃のトランペットは、音の多いティンパニのような役割を担っているので、ナチュラルトランペットを練習する事でHaydnやMozartの交響曲、Beethovenでもオペラの序曲程度なら演奏可能な所まで持っていけなくも無いです。音色は独特な温かさがあり、短管(通常のB管やC管)で演奏するのとはまた違った感覚を体験できます。仮に演奏会本番でナチュラルトランペットを使わなくても、作曲された当時の感覚を感じる事や、長い管で音を当てる為の練習をする事で、現代トランペットの演奏にも効果が出るはずです。



(楽譜の画像は、別タブで開くと大きな画像でご覧になれます)

D管
Franz Josef Haydn ( 1732 - 1809 )
交響曲第104番



D管
Wolfgang Amadeus Mozart ( 1756 - 1791 )
交響曲第35番



Es管
Ludwig van Beethoven ( 1770 - 1827 )
交響曲第3番



C管
Wolfgang Amadeus Mozart ( 1756 - 1791 )
交響曲第41番






ナチュラルトランペットが使える曲
ハイドン後期12交響曲(102番含む)
モーツァルト後期6交響曲とオペラ
ベートーヴェン9交響曲を中心に



Carol B管

Haydn:交響曲第102番
Beethoven:交響曲第4番1,4楽章
Beethoven:交響曲第9番3楽章
Mozart:歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」
     第一幕後半・第二幕の一部分
Mozart:歌劇「魔笛」第2幕の一部分

    など



Carol D管

Haydn:交響曲第86番
Haydn:交響曲第104番
Haydn:交響曲第104番
Mozart:交響曲第35番
Mozart:交響曲第38番
Beethoven:交響曲第2番
Beethoven:交響曲第7番
Beethoven:交響曲第9番1,2,4楽章
Mozart:歌劇「フィガロの結婚」
Mozart:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」
Mozart:歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」
Mozart:歌劇「魔笛」

    など



Amati C管

Haydn:交響曲第92番
Haydn:交響曲第94番
Haydn:交響曲第97番
Haydn:交響曲第100番
Mozart:交響曲第41番
Beethoven:交響曲第1番
Beethoven:交響曲第3番2楽章
Beethoven:交響曲第5番
Beethoven:交響曲第6番 ( Es管と持ち替え )
Mozart:歌劇「フィガロの結婚」
Mozart:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」
Mozart:歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」
Mozart:歌劇「魔笛」
Wagner:楽劇「ニュルンベルクのマイスター
     ジンガー」前奏曲
     3rdトランペットのみ
Saint-Saëns:交響曲第3番 3rdトランペットのみ

    など



Amati D管

Haydn:交響曲第86番
Haydn:交響曲第104番
Haydn:交響曲第104番
Mozart:交響曲第35番
Mozart:交響曲第38番
Beethoven:交響曲第2番
Beethoven:交響曲第7番
Beethoven:交響曲第9番1,2,4楽章
Mozart:歌劇「フィガロの結婚」
Mozart:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」
Mozart:歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」
Mozart:歌劇「魔笛」

    など



Amati Es管

Haydn:交響曲第99番
Haydn:交響曲第103番
Mozart:交響曲第39番
Beethoven:交響曲第3番1,3,4楽章
Beethoven:交響曲第4番2,3楽章
Beethoven:交響曲第6番 ( C管と持ち替え )
Mozart:歌劇「フィガロの結婚」
Mozart:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」
Mozart:歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」
Mozart:歌劇「魔笛」

    など



他のナチュラル管がいるもの

Beethoven:交響曲第8番 ( F管 )

      など






 Amatiのナチュラルトランペットには、リコーダーのような音孔がついていないので、第11倍音はファ♯が出ます。Beethovenの作品でファが出てきた時には、口のベンディングで半音下げてやる必要があります。これが元々ある楽器の音程のツボをずらして吹く事になるので非常に難しく、その音域でリップトリルを習得できていない場合、大抵は微妙な音程になってしまいます。Beethovenが生きていた当時は、やはりずり下げていたのでしょうか。

 音孔の開いていない楽器をナチュラルトランペット、穴の開いている楽器をバロックトランペットと言って区別します。音孔は、ロータリートランペットについているハイトーンクラッペンと原理は同じです。リコーダーのように穴をあける事で、倍音を一つ飛ばしにできたり音程を補正したりすることができます。現在復刻されている古楽器では4穴式と3穴式があり、低音域では全ての穴を指で塞ぎ、高音域では特定の穴を指を離して開きます。




C管
Ludwig van Beethoven ( 1770 - 1827 ) 交響曲第5番



F管
Ludwig van Beethoven ( 1770 - 1827 ) 交響曲第8番






 古典派よりも古い時代、バロック時代はナチュラルトランペットの黄金期と言えます。古典派がドミソしか無いのに対し、バロック時代は現代のビッグバンドのハイノート音域のメロディーをナチュラルトランペットで演奏していました。現在では、バロック作品のレパートリーは、通常A管のピッコロトランペットで演奏します。ナチュラルD管を駆使すれば、バロックの作品をナチュラルトランペットで演奏出来なくも無いですが、相当な難易度です(アマチュアでもナチュラルトランペットで演奏ができる猛者の方がいらっしゃいます)。

 壁となるのは、第11倍音(ファ♯)の音程に加え、第13倍音~第16倍音の音域(ラ♭、シ♭、シ、ド)です。通常のトランペットでハイトーンをffで強く伸ばす感覚を用いれば、第13倍音をずり上げてラの音にする事はできますが、13倍音から16倍音を正確にヒットさせる事は余程訓練しないとできません。仮にバロック作品をナチュラルトランペットで演奏可能な場合、本格的なバロックレパートリー・古楽器オーケストラでの活動、EggerやMünkwitzの楽器の入手、音孔を3つにするか4つにするか開けないか、マウスピースを現代マウスピースにするかナチュラルトランペットオリジナルのものにするか、などの次のステップを考えるべきでしょう。




D管
Leopold Mozart ( 1719 - 1787 )
   トランペット協奏曲



D管
Johann Sebastian Bach ( 1685 - 1750 )
   クリスマスオラトリオ






 現在バロック作品の高音域を演奏する際はピッコロトランペットが用いられる為、ナチュラルトランペットでバロック作品を演奏する際もピッコロトランペットの浅く小さいマウスピースを使用する事で高い音を出す事は容易になります。しかし楽器の大きさとマウスピースの大きさがミスマッチしているため、コントロール性は悪くなります。多くの人の改善方法としては、普通のトランペットのマウスピースを使って演奏する事が挙げられます。更に、音色にもこだわりたい場合は、バロックマウスピースを使用する事も視野に入ってくるでしょう。バロックマウスピースはリム口径がトロンボーン程大きく、リム形状も平たい為、現代楽器に慣れた奏者がすぐに演奏できるものではありません。その為現代トランペットと古楽器を併用する奏者の間では、口径や深さが出来るだけ現代トランペットと近い物を使うという妥協策もよく見られます。古楽器を活動のメインとしない限り、大きくて平らなバロックマウスピースを日常的に使用する事は、非常に難しい事なのです。



新旧2本のAmatiナチュラルトランペット


旧タイプのもの(左)はバロックマウスピースのシャンク
が採用されている
アダプターも付いており、現代マウスピースも使用可能






トランペットで演奏するバロック作品の例

Antonio Vivaldi ( 1678 - 1741 )
 2本のトランペットの為の協奏曲

Georg Philipp Telemann (1681 - 1767)
 トランペット協奏曲

Georg Friedrich Hände ( 1685 - 1759 )
 水上の音楽
 オラトリオ「メサイア」

Johann Sebastian Bach ( 1685 - 1750 )
 マニフィカト
 クリスマスオラトリオ
 ブランデンブルグ協奏曲第2番

      など








長管F管トランペットを使ってみる

Cerveny CTR-501HAX
B管とF管は、管を変える事でチェンジできる



 チェルベニーの長管F管トランペットは、ゴールドブラスのものとイエローブラスの物があります。B管の楽器にF管用のチューニング管、123番管が付属していて、管を変える事でF管に切り替える事ができます。ピストントランペット用のBach-YAMAHAシャンクが採用されており、通常のBachマウスピースが使用できます。ベルは135mmで形状はMonkeに似ています。B管の音程にクセが無いので、C管ロータリーは高いのを買ったけど、B管は殆ど使わないのであまりお金をかけたくない、と言う人にはコストパフォーマンスが高い楽器です。2000年頃より日本によく輸入されるようになりましたが、以下に挙げるような改良が年々進んでいます。

・楽譜立用のネジが廃止された
・ロータリー機構が改良された
・ロータリー部のゴムがシリコンゴムに変更された
・ベルのクランツが廃止された
・3番管用トリガーが追加された
・3番管ストッパーがネジ式から手で外せるタイプに変わった
・3番管にウォーターキィが追加された
・3番管に消音用ゴムリングが追加された

これでウォーターキィを長くして、3番ロータリーに空気抜き穴が付いていたら完璧ですね。

 F管にした場合、チューニング管はかなり多めに抜かなくてはなりません。しかしあまり抜いてしまうと吹奏感が変わってしまうので、場合によってはF管のチューニング管についているクルークも抜く事で全体のピッチを調整します。F管時の重さは1162gで、ピストンB管より少し重い程度ですが、ロータリーB管と比べると150g以上の重さになります。吹いてみると、管が長い分通常のB管に比べて音の当て方にコツがいりますが、出せるハイトーンの音域はB管とそう変わりません。音色は通常のB管よりややしっかりした音で、管が長い分ppでB管より小さな音まで絞ることができます。

 音域がLow Hまで拡張された事で、オーケストラの楽譜で時々出てくるLow Esを吹く(B管ではEまでしか出ないので)、3rdや4thであえてF管を使って支える、と言った使い方が可能です。また基礎練習においては、アンブシュアの確認や、Stamp教本・Maggio教本への利用、Clark教本を4度下げて吹いてみる等の応用的な活用が可能です。




V.F.Červenýの彫刻


マウスパイプの刻印


3番管トリガー


3番管ストッパーは手で外れる


ロータリー部にシリコンゴムが使われている


第1ロータリー手前に支柱がある


3番管のウォーターキィ


1番管のニップル


ベル根元のU字はスクエア


U字部にベルガードが付いている


F管のチューニング管


F管のチューニング管前部


F管のチューニングスライドはピッチ補正ができる


管が交差する部分に支柱がある


F管は裏側で一周迂回している


Bachのマウスピースが使える、左はABG-291A








 古典派の時代が終わり、ロマン派になると、トランペットの楽譜にはin Fの譜面が多くなります。バルブの発明により半音階を手に入れたトランペットは、一旦長管F管に落ち着きました。しかしコントロールが難しかったようで、短管B管(現代のB管と同じ)のコルネットの登場により、トランペットはその地位を奪われそうになります。トランペットは現代のようなB管トランペットに進化することで、コルネットから再び地位を取り戻しました。in Fの楽譜は、J.StraussやSibeliusの楽曲ではよく見かけます。またMahlerの3番以降の交響曲では、楽譜の中でin Fとin Bが頻繁に切り替わり、楽器を持ちかえる事で音色の違いを出す事を要求している事がわかります。



Anton Bruckner ( 1824 - 1896 )
交響曲第6番



Johann Strauss II ( 1825 - 1899 )
オペレッタ「こうもり」



Gustav Mahler ( 1860 - 1911 )
交響曲第2番



Richard Wagner ( 1813 - 1883 )
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」と
Camille Saint-Saëns ( 1835 - 1921 )
交響曲第3番の総譜
1st 2ndが長管F管、3rdがC管ナチュラルトランペット指定






長管F管トランペットが指定されている曲の例


Anton Bruckner ( 1824 - 1896 )
 交響曲第4番~第9番
 (第8番の2nd 3rdには長管C管持ち替え指定)

Gustav Mahler (1860 - 1911)
 交響曲第1番~第9番
 (第3番以降は短管B管との持ち替え指定)

Jean Sibelius ( 1865 - 1957 )
 交響曲第1番2番4番
 (第1番4楽章はE管指定)

Richard Wagner ( 1813 - 1883 )
 楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲
  1st 2ndトランペットのみ

Camille Saint-Saëns ( 1835 - 1921 )
 交響曲第3番 1st 2ndトランペットのみ

Johann Strauss II ( 1825 - 1899 )
 作曲された多くのワルツやポルカ

      など








AmatiとCervenyの歴史




 AmatiとCervenyはチェコの歴史ある金管楽器メーカーです(CervenyはAmatiの傘下)。Amatiの主要工場は、旧東ドイツの楽器の街Markneukirchenから15km程東へ、国境を越えてすぐのKrasliceにあります。Krasliceでは17世紀初頭に弦楽器製作が始まり、18世紀には管楽器製作も始まりました。1840年にはKrasliceに管楽器工場が作られています。19世紀末から20世紀前半には、Krasliceに多くの工場があったのですが、第二次世界大戦でそのほとんどが無くなってしまいます。戦後、ベネシュ布告によりドイツ語を話す職人たちはチェコスロバキアから追放されてしまいましたが、Krasliceに残ったボヘミアの職人たちは、1945年9月にAMATIという弦楽器・管楽器メーカーの共同組合を設立します。

 一方第二工場は、プラハの東100キロに位置するチェコ最古の街の一つ、Hradec Královéにあります。1842年に当時23歳だったVáclav ČervenýがHradec Královéに金管楽器の工場を設立します。Cervenyでは当時新しい楽器であったコントラバステューバの生産も手掛け、1846年にはロータリーバルブも発明しています。また19世紀末には、ロシア、ドイツ、オーストリア、スペイン、ルーマニア、セルビア、オランダ等の軍隊に楽器を供給していました。第二次世界大戦後、工場はベネシュ布告により国営企業となり、1948年にはAMATIに統合され、全生産が共産主義政権下で国有化されました。

 共産主義国の国有企業となってしまった東欧の楽器製作現場では、残念ながら工作技術が鈍化してしまいました。東ドイツにあった楽器工房も軒並み20世紀前半から進歩が止まってしまい、資材の調達も困難となる状況が続きました。研究も行い、新たな工作機械を用いて技術を進歩させた米国や西ヨーロッパの楽器と比べると、今現在も東欧の楽器にネガティブなイメージを持たれる方も珍しくありません。

 1989年にチェコスロバキアの共産主義政権が倒され民主化、1993年にチェコとスロバキアが分離独立すると、AMATI社はAMATI Denákとして民営化されました。国有企業から脱却した事で、AMATIではドイツ人スタッフを招いての楽器の改良が急速に進みました。現在、主要生産はKrasliceの工場で行われ、Hradec Královéの工場では全てのロータリーバルブの楽器を生産しています。


※ アジア圏の低価格の楽器との競争が激化し、2019年11月にAMATIは裁判所から破産宣告を受けました。楽器の生産は現在も続けられていますが、自力再建は難しい状態です。2020年現在、複数の会社がAMATIの買収に興味を示してます。








 
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