Vincent Bach Trompetenmundstücke 2
 
 Vincent Bachトランペットについての解説を、5つの記事に分けて書いています。こちらのページでは、Vincent Bachのマウスピース2(Bachの意図と現代のズレ)について解説しています。



1 : Vincent Bachのトランペット1
B管180MLを中心に
2 : Vincent Bachのトランペット2
様々なベル・リードパイプとBachが設計した特殊管
3 : Vincent Bachのマウスピース1
ナンバー表記と形状
4 : Vincent Bachのマウスピース2
Bachの意図と現代のズレ
5 : Vincent Bachの歴史










4 : Vincent Bach Mundstück 2






大きなマウスピースはなぜスロートが拡張されるのか?

 現在の多くのプロクラシックトランペット奏者のマウスピース口径は、Bach 1~1-1/2が大多数を占めています。2を使用する人は少なく、3では小さすぎると言ったイメージがあります。またアマチュアのクラシック奏者でも1-1/2は人気で、それより小さくても2や3を使用する奏者が大多数です。5より小さいものを使用する人はかなり少数派でしょう。

 しかしよくよく調べてみると、プロのクラシックトランペット奏者のマウスピースはBach 1Cでありながら、1C-22-24や1C-24-24、1-1/2C-25-24のようにスロートを22~26に拡張し、バックボアはシンフォニックな24に変更されています。またカップの深さもCを好む人がいる一方でBを好む人も多く、中にはCのリムにBのカップをネジで連結させたものを使用している人もいます。オーケストラの中で大きな音を出すためには大きな口径のマウスピースが必要とは言え、どうして「標準品」にこのような手を加える人の方が多いのでしょうか?

 結論から言うと、27スロートや各バックボアは5番のリム以下を想定してNew York時代に確定したもので、1~3の大口径マウスピースの為のものではないからです。Bachが生きていた頃のオーケストラ奏者は、5~8のリムを使用しており、1~3は特注の大きさでした。しかし、ボストン交響楽団やシカゴ交響楽団に供給された大型のC管の開発、オーケストラの音の大型化、Adolph Hersethの登場により、Bachトランペットがアメリカのクラシック界を制覇した1970年代以降は1~3のマウスピースを使う奏者が増えていきました。日本でも1980年代~1990年代にアマチュア奏者の間で大きなマウスピースを好む流れができたため、現在でも多くの人が1~3のリムを使用しています。6番のリムを愛用しているシカゴ交響楽団のJohn Hagstromのような奏者は、現在かなりの少数派と言えます。




リム口径の対照表

Bach YAMAHA JK Monette
  1D1
1C18C42D2
1-1/4C17C44D3
1-1/2C16C45D4
2C15C4 5
3C14B46E6
5C13C47D7
7C11C48D 
10C9C49D 
10-1/2C 10D8
11C8C4  
17C7C4  
20C5C4  


※ Bach 2Cは通常のCよりややU字のボウル型、Bach 3Cはやや浅い。
※ こちらの対照表はあくまで大まかなものです。各社発表による相当品を参考に作成しました。各社でマウスピースの入り口からどれくらいの距離で計測しているかが異なるため、各社が公表しているマウスピースのリムサイズ計測値は直接比較する事ができません。リムエッジの形状等にも左右されます。




20世紀前半のBachマウスピース

 Vincent Bachトランペットマウスピースの標準品品番が、現代のように固定化したのは1970年ごろです。 次の表に示すのは、1922年、1926年、1929年、1938年発行のVincent Bachマウスピースのカタログに載っている品番です。




黎明期のレギュラーサイズマウスピースの品番

※ TはTrumpet、CはCornetの略
1922 6-T, 7-T, 8-T
6-C, 7-C, 8-C

※ TはTrumpet、CはCornetの略
1926 Trumpet & Cornet
2-1/2, 3, 6, 6-1/2, 7, 7C, 8, 9, 10
1929 Trumpet & Cornet
3, 5A,
6, 6 1/2A, 7, 7C, 7A, 8, 8C,
9A, 10, 10C,10 1/2A, 10 3/4A,
11A, 11 1/2A, 12
1938 Trumpet & Cornet
6, 6B, 6C,
7, 7B, 7C, 7BW, 7CW,
8, 8B, 8C,
8-1/2, 8-1/2B,
10-1/2C, 10-1/2CW
11B, 11C, 11DW, 11EW
12C, 12CW
17C1, 17C2




黎明期の頃から、Bachは顧客のカスタムオーダーに対応していました。顧客の希望を元に、特に要求の多かったものを標準品としてラインナップしていったと考えられます。この表から、標準品のマウスピースは当初数字のみで始まり、次にCカップやAカップが登場しながらリム口径のバリエーションが増えていったことが分かります。また6番よりも大きなリムは殆ど標準品とならなかった事から、当時は1~3のサイズを選ぶ奏者は特注対応であり、6~12のサイズが人気だったことが推測されます。




6, 7, 8

 黎明期の1922年のカタログに載っているトランペットのマウスピースは6-T、7-T、8-Tでした(TはTrumpetの略。コルネットはC。)。 創業当時は顧客の要望に合わせてマウスピースをカスタムオーダーしていたので、「標準品」としてカタログに載っているものは 特に要望の多かったリムの大きさ・Bachが理想としたリムの大きさということが分かります。

 ここで着目したいのは、6・7・8はリム口径が同一であり、リム形状が異なるという点です。 6はオーケストラ奏者用、7と8は軽音楽奏者用のリム形状をしているのです。 Bachはダンスバンドやサーカスでの演奏経験と、北米オーケストラでの現場経験から、 口径やカップ深さに変化をつけるのではなく、カップ口径と深さが適切であればジャンルを問わず演奏できると考えていました。 そして、唇と接触するリムの形状こそが最も大切で、どのような発音がしやすいかのか・高い音が出やすいか、などの要素を決定していると考えたのです。 6のリムは癖のない音の入りで、輪郭が美しくはっきりとした音作りが可能です。 一方で7と8は様々な発音や表現ができて、口径を最大限に使う事ができます。 1920年代や30年代は、オーケストラよりも軽音楽の方がより多彩な吹き方を要求された時代だったのです。



C, 無印

 1926年になると、7のリムにCカップが登場しました。 新たに登場したCカップは、オーケストラで7番を使用したい奏者の為に新たに開発されたカップ形状です。 軽音楽でのsoloを演奏を想定して作られた無印のカップ形状とは差別化され、浅いUカップが採用されましたが、バックボア形状は同一のものが採用されました。 1920年代の北米のオーケストラはB管を使用していました。稀に小型のC管やD管を使用する事がありましたが、 Bachが楽器のレンタルサービスを行うぐらい使用する機会は少なかったようです。 CカップはB管と共に、小型のC管やD管でも使用できる深さとして考案されました。 Bachの顧客であったボストンやニューヨークのオーケストラはBessonのB管をしていましたから、 現在のB管よりもはるかに明るい音色を奏でていたことが容易に推測できます。

 現在Cカップは「中庸」というイメージが定着していますが、作られた当初は明るくかなりはっきりした音を想定されて開発されていたのです。 20世紀前半の北米のオーケストラのトランペットは、柔らかく丸いコルネットの音とは差別化された、明るい音色が求められていました。 マウスピースの深さが持つ現在のイメージとは大きくかけ離れていることが分かります。



9, 10

 9・10のリムは6~8より小ぶりな口径で、20世紀前半の小型C管を演奏していたフランス人向けに作られました。 ナチュラル管から脱却した近代トランペットは、19世紀には短いC管やD管も製作されていましたが、 オーケストラで用いられるトランペットはあくまでB管が主流でした。 しかしフランスではB管ではなく小型のC管のピストントランペットが主に用いられていたのです。 20世紀前半の北米でもB管を使う奏者が大半を占めていましたが、フランス系の奏者はC管を使用していました。 モーリス・アンドレ登場以前までは、MLボアのC管に9Cや10-1/2Cで演奏するというスタイルがフランスでは一般的となり、長く愛用されたリムナンバーのようです。



A, 11, 12

 工場がBronxに移転した後の1929年には、10より小さいリムや深さのあるAカップが登場しました。 また7・8・10には無印とCカップが選択できるようになり、数字とアルファベットでマウスピースの形状が表現され始めます。 Aカップはメロディーを優しい音で美しく吹く為に作られた深いカップです。 このカップには開きの早いバックボアが採用され、ハッキリとしたCカップに対して豊かな音色の演奏を可能にしました。

 11のリムは、19世紀のフランスの楽器の為に作られたリムです。 19世紀フランスの作曲家は、トランペット2本・コルネット2本、計4人の奏者を必要とする曲を書きました。 ドリーブのバレエ『シルヴィア』『コッペリア』等が代表的な例です。 これらの楽曲を演奏する際に、昔のフランスで使われていた楽器に合うことをコンセプトに、11のリムは作られました。 小ぶりな口径で歯切れの良い音が鳴り、Aカップはコルネット、Cカップは小型のC管での演奏が想定されています。 19世紀のフランスではアーバンやフランカン等の名手が生まれ、それぞれの流派を確立していきました。 現在このリムに合う楽器が生産されておらず、マウスピースとの相性が最適な楽器を求めるならば、 1960年代以前に製造されたCourtois、Selmer、Couesnon等の楽器を探さなければなりません。 同様に12のリムは、ニニロッソに代表されるイタリアでの奏法の流派で演奏する人に好まれたリムです。 当時のイタリアではKINGやSelmerのB管を使用していました。 現在の楽器ではBengeやMボア38ベルのBachと相性が良く、一部の北米西海岸の奏者に好まれています。

 11・12のリムは1950年代までは定番のリムナンバーでしたが、その後廃れて行ってしまい、現在Bachの11や12のリムを使用する奏者はかなりの少数派となっています。 フランスやイタリアの奏者の奏法は、北米のクラシックや軽音楽のものと明らかに異なっており、 1970年代までは明確にジャンル分けされていましたが、その後時代と共に消えていきました。



※ Jean-Baptiste Arban
Born : February 28, 1825 in Lyon France
Died : April 8, 1889 in Paris France
フランスのコルネット奏者、教師、作曲家。教則本アーバン著者。

※ Merri Jean Baptiste Franquin
Born : October 19, 1848 in Lançon Bouches-du-Rhône France
Died : January 22, 1934 in Paris France
フランスのトランペット奏者。23歳でパリ国立音楽院に入学し、Arbanのクラスに在籍。 在学中に長管F管トランペットをC管トランペットに置き換える。 これにより、1870年代頃よりフランスではC管トランペットが広まっていった。 1894年から1925年までパリ国立音楽院のトランペット教師。 弟子にGeorges Mager (1919年から1950年までボストン交響楽団の首席トランペット奏者。1940年代にBachに依頼し、B管のような音が鳴る大型のC管を製作させる。Adolph Hersethの師。) やEugène Foveau(1925年から1947年までパリ国立音楽院のコルネットの教師。Pierre Thibaudの師。)がいる。

Raffaele Celeste 'Nini' Rosso
Born : September 19, 1926 in Torino Italy
Died : October 5, 1994 in Rome Italy
20世紀イタリアで最も良く知られたジャズトランペット奏者。 1960年代に多くのレコードをリリース。「夜空のトランペット (Il silenzio)」は100万枚以上の売り上げを記録する。






B

 Bカップは軍楽隊バンドでの使用を想定されて作られています。 Cカップよりもやや深く、19世紀~20世紀初頭のヨーロッパで使用されていたロータリー式トランペットのマウスピースをもとに作られました。 この時代のオーストリアでは、広がりが早く総容積の小さなバックボアが用いられていたので、Bカップのバックボアも同様に広がりは早いものの、 細いバックボア形状が採用されました。

※ ロータリートランペットのマウスピースが太いバックボアを採用したのは20世紀後半以降。



D, E

 ストラヴィンスキーが1913年に作曲したバレエ『春の祭典』や、ラヴェルが1928年に作曲したボレロでは、 ピッコロトランペットのパート譜がD管で書かれています。 1940年代にBachが大型のC管を開発するまで、C管が小型の楽器であったように、D管もまた小型のトランペットとして19世紀終盤~20世紀初頭にかけて用いられていました。 当時のD管は現在のピッコロトランペットのような楽器という認識があったようです。 ベル口径も100mm程度と小さく、オーケストラで広く用いられていたB管とは音色や操作性の点で差別化されていました。 これらの短い楽器の製造は、Bachも1920年代に既に行っていました。そしてどの様なマウスピースが楽器に合うかもBachは考えだしました。 短く小型の楽器で歯切れよく演奏するために、Cカップよりも浅いカップが用い、新しい細目のバックボアを採用したマウスピースを作り出したのです。 この新しい浅いカップはDカップ・Eカップと呼ばれ、小型のD管で用いられる事を前提としています。

※ 当時短管のEs管やF管、High B管のピッコロトランペットも存在していましたが、Maurice Andréの登場以前は普及していませんでした。




W

 リムの口にあたる部分を分厚くし、唇の負担を軽減するWリムは1930年代には標準モデルとして登場しました。 11番のリムに採用されているDカップとEカップはWリムとなっており、高い音を演奏する際に楽器にマウスピースを押し付けてしまい、体力を消耗する事を防いでいます。 また、その独特の口当たりでノーマルリムとは異なった発音が可能な事から、他の品番にもいくつか採用されています。



17C1, 17C2

 1938年のカタログでは、軽音楽でハイトーンの連続演奏が要求される奏者の為の17C1(Hot trumpet works)と更に浅い17C2がレギュラー品番となっています。 17C1は現代の10-3/4CWにあたり、ジャズトランペット奏者のClifford Brownが使用していた事で有名な品番です。17C2は現在でいう10-3/4EWにあたります。 これらの小さなマウスピースは、まだBessonのデザインに近かったNew York期のBachトランペットに使用され、現在とは異なる音色を奏でていたのでしょう。

※ Clifford Brown
Born:October 30, 1930 in Wilmington, Delaware, U.S.
Died:June 26, 1956 in Bedford, Pennsylvania, U.S.
アメリカのジャズトランペット奏者。25歳の時に自動車事故で亡くなる。



リム形状の最適化

 Bachのマウスピースの素晴らしかった点は、各マウスピースの使用用途や使用されている楽器に応じて最適なリム形状を探った点です。 例えば7と7Aと7Cでは深さが異なりますが、リムの形状も異なる為、口に当てた時にそれぞれ異なる印象を持ちます。 最初期の話に戻りますが、黎明期の標準品マウスピースの品番は6・7・8であり、口径は同じですがリム形状が異なるので多彩な表現が可能となるのです。 リムの絶妙な形状は数値化する事はできません。カタログには書き表せないマウスピースの秘密と特徴がそこにあるのです。 これは現在のマウスピースにも引き継がれており、今販売されているBachのマウスピースのリム形状は数十種類に及びます。



27スロート

 20世紀前半のBachの標準品マウスピースでは、3以上の大きなリム口径はバリエーションが少ないばかりか後々廃止されていることが分かります。 大きなリム口径を注文する顧客は少数いたものの、標準品化するほどの需要では無かったようです。 ニューヨークフィルで1928年~1942年まで首席奏者を務めたHarry Glantzは3Cのマウスピースを愛用していました。 New York期の3以上のマウスピースは殆ど特注品番として作られており、リム形状も顧客の演奏ジャンルや要望に応じて作成していたので、 Bach本人の手でリム形状を一つに決定し、標準品化する事はされていません。 またこの時期の特注マウスピースでは3のリムでスロートが拡張されたものがあります。 リム口径の大きいマウスピースは全体のバランスを取る為にスロート拡張を希望する顧客が一定数いたことがわかります。

 標準品のBachマウスピースのスロート部分は27番のドリルが使用され3.66mmの穴が開いています。 1920年代のBachの考えは、「トランペットは27スロート、コルネットは必要に応じてスロートを拡張しても良い、口径は同一」 というものでした。 創業当初からのリム口径であった6~8程度のマウスピースには、27スロートが最適な大きさのようです。 SchilkeやGiardinelliのマウスピースでも27番のドリルが採用されていたり、ヤマハのマウスピースのスロートサイズが3.65mmであったりする事から、 かなり試行錯誤されつくしたサイズであることが分かります。


※ Harry "Hersch" Glantz
Born : January 1, 1896 in Ukraine
Died : December 18, 1982 in Bay Harbor Florida
アメリカのトランペット奏者。フィラデルフィア交響楽団、サンフランシスコ交響楽団、NBC交響楽団、ニューヨークフィルで首席トランペット奏者を務める。 Max Schlossberg、Christian Rodenkirchen、Gustav Heimら名だたる奏者からトランペットを師事。 弟子にフィラデルフィア交響楽団で1975年から1995年まで首席奏者を務めたFrank John Kaderabekがいる。






奏者の使用用途とのズレ

 以上の結果から、Bachが想定していた各マウスピースの使用用途は以下のようにまとめられます。




リム

6 オーケストラ
7 軽音楽
8 軽音楽
9 フランス式奏法で小型のC管を使う
10 フランス式奏法で小型のC管を使う
11 フランス式奏法で19世紀の楽器を使う
Cornet 2本、Trumpet 2本の編成
A : Cornet用、C : C管トランペット用
12 イタリア式奏法で演奏する


カップ

- 軽音楽でのsolo
A 旋律を優しい音で美しく吹く
B 軍楽隊
C オーケストラ
(B管と、小型のC管・D管用)
D 小型のD管
E 小型のD管




 しかし1930年代になると、奏者たちはBachの思っていた使用用途とは異なる方向性でマウスピースを使い始めます。 まずB管を演奏しているオーケストラ奏者の中で、浅いCカップを避け、Bカップを使い始める者が出始めました。 また10番や11番を使ってオーケストラと軽音楽を兼業する人も出始めました。 更にハイノートを連続で演奏しなければならない軽音楽の奏者が、本来小型のD管用であったDカップやEカップを使い始めたのです。




オーケストラでBカップを使う~Bessonデザインからの脱却とNew York 7

 上記の通り、BachはCカップをオーケストラに使う事を想定していました。 1920年代のBachがイメージしていたのは、トランペットとコルネットの役割が明確に分かれた19世紀の音でした。 「コルネットは柔らかい音」「トランペットは芯のある、明るくはっきりした音」というもので、 Bachが入団していた20世紀初頭のボストン・ニューヨークのオーケストラも、このような音を奏でていました。 しかし1930年代になると、北米オーケストラに求められる音は「より大きく、豊かな音」に変化しました。 この流れから、Cカップの明るくはっきりした音に限界を感じた奏者たちは、やや深い軍楽隊用のBカップを使うようになったのです。 音色のスタイルの変化はBachの製作する楽器にも変化をもたらしました。 創業当初、1885年以降のBessonのデザインをもとに作られていたBachトランペットは、より大きな音を出すためにチューニングクルークのU字管の幅を広くしたデザインになりました。 また新たに開発された7パイプや7ベルを搭載し、大きなLボアを採用したトランペットが作られるようになりました(現在復刻されているNew York 7)。

 オーケストラでBカップを使う事が広まっていくにしたがって、Bachは管の長さとカップ容積を再考し、以下のようにカタログに表記し始めました。




カップ

- 中庸なカップでB管用
B 中庸なカップでB管用
C やや浅いカップでC管用
D 浅いカップでD管用
E とても浅いカップでE管用


※ Vincent Bach 1938年のカタログより。E管は当時存在しない。Es管、もしくはとても浅い事を表現したと思われる。




小さなリム口径で演奏を容易にする

 創業当初の6、7、8のリム口径が同一だった事から、初期のBachの考えは 「大きなカップだからオーケストラ向けという訳ではない、小さなカップだから軽音楽・ジャズ向けという訳ではない。」 「ジャンルの違いはリム形状で差をつける。リム形状で音質や高い音が出やすいかどうかが決まる。」 というものでした。 しかし小さなリムは演奏に体力を要さず、複雑なパッセージの演奏も容易にします。 この事実からフランス式の小型C管の為に作られた9番以降の小さなリムを、様々なジャンルのB管で使用する奏者が現れました。 このことから、1938年に発行されたVincent Bachのマウスピースカタログには、次のような説明が用いられています。




リム

10 オーケストラ・軽音楽での素早いパッセージやハイトーンパフォーマンスまでできるオールラウンド
11 女性用。Eは高い音のパフォーマンスをする人向け
12 稲妻のようなパフォーマンスが可能


※ Vincent Bach 1938年のカタログより。




浅いカップで高い音を出す

 本来の浅いカップは304ベルや311ベルを搭載した小型のD管用に作られたものであり、楽器自体も現代のような大きな音なるものではありませんでした。 DカップやEカップのリムは小型D管トランペットの為のリム形状をしており、B管を想定したものと明らかに異なります。 ハイトーン用のマウスピースとして17C1や17C2が用意されていましたが、高い音を楽に出したい奏者たちはそれらを使わず短管用の浅いカップをB管に挿して使い始めたのです。 これは、「ジャズや軽音楽で極端に高い音を出す奏者でも、極端に浅いカップは使わない。」とするBachの考えと異なっており、 B管で浅いカップが使用される事は想定外でした。

 これらから、リム形状を重視していたBachに対し、顧客はリム口径やカップの深さでマウスピースを選択する流れができた、という事ができます。 1938年のBachマウスピースのカタログでは管の長さによってカップ容積が分けられていましたが、 次第に様々な口径・深さに色々なジャンルを想定したリム形状が混在しはじめました。




大型C管の開発

 第二次世界大戦中、Bachはボストン交響楽団首席トランペット奏者Georges Magerと共に、 オーケストラでスタンダードとなるC管トランペットを開発しました。 それまでの小型のC管ではなく、B管のように大きくてシンフォニックな音が出る大型のC管を開発し、 C管を常用するフランス人奏者の要求に応えたのです。 この時、甲高い音ではなくどっしりとした音質を求めた結果、

マウスピースのカップ容積+ベル容積=音質の決定

という図式から、239ベルのようなベル容積の大きな楽器が開発されました。 一方マウスピースカップの容積を大きくしようとして深くすると、管が短い分演奏が困難になります。 カップの深さを求める事が難しい場合、リム口径を大きくする事でカップの容積を大きくするしかない為、 大きなリム口径のマウスピースを使用する事がより豊かな音を出す条件となります。更に

マウスピースのスロートサイズ+管のボアサイズ+管の長さ=音量

という図式から、音量を確保するためにLボアが選択されました。 マウスピースのスロートサイズを拡張する場合、リム口径が大きなものが好ましいと言えます。 これらの他に、マウスピースのバックボアも細い10や7よりも、より開きが早く太い24や117が豊かで大きな音を出すのに有利になります。

 1948年にシカゴ交響楽団の首席奏者に就任したAdolph Hersethは、元々7Cのマウスピースを使用していましたが、 交通事故にあってできた唇の傷にマウスピースが当たらないように1C・1Bのマウスピースを使うようになりました。 大口径のマウスピースでBachのC管から生み出される音は人々を魅了し、アメリカ国内で大きなマウスピースでBach C管を使う事が広がり始めました。




Adolph Hersethと大口径化の浸透

 1970年代以降、Adolph Hersethを発信源とするプロ・アマチュア奏者のマウスピース大口径化の波は、 1990年代になって日本でもよく見られるようになっていきました。 多くのアマチュア奏者達が1-1/4Cや1-1/2Bを使いだし、スロート径拡大やバックボアの24への変更は有名な追加工改造となったのです。

 マウスピースをBach 1~3程度・カップをBかCにすると、大きなマウスピースで自由に楽器をコントロールする為には25Cパイプ・Lボアという選択が好ましいと言えます。 またパイプを25にすると、全体的な楽器のバランスとしてベルは229か239という選択になります。 小さなマウスピース対応した組み合わせとなると、MLボアの7Cパイプに229ベルという組み合わせが選択に上がりますが、 音質の点で大きなマウスピースを使用したLボア・25Cパイプの楽器にはかないません。 また25Cパイプの最も細い部分の内径を拡張した25Hパイプ(B管の25-OパイプをC管用に短くしたもの)をAdolph Hersethが使い始めた為、 楽器の内径とマウスピースの大型化の流れは一層強くなりました。 1980年代~1990年代頃までは、MLボアの239ベルや229ベルのC管が日本でも販売されていましたが、 現在は新品で売られているBach C管の殆どがLボアの楽器となっています。

 一方でBach本人は、マウスピース大型化の波が来る以前の1961年に会社を売却して引退しました。 1974年までは古いMt.Vernonの施設でで少数の顧客の為にカスタマイズ対応をしていましたが、1976年に亡くなっています。 残念ながら、Bach本人が1~3の標準品リム形状を開発する事は無く、ベストなスロートサイズやバックボアも研究されていません。 Bachが会社を売却した1961年、アメリカのオーケストラの奏者達はB管に5~8のリムを使用していたので、 27スロートや10番バックボアは最適な形状として受け入れられていました。 また1961年段階のB管はこれらのマウスピースと相性が良くなるように調整された結果、25パイプ・37ベル・ML(180ML 37/25)ボアというセッティングとなりました。 マウスピース大型化の波により、このB管もBach引退以降に大きなマウスピースで演奏されているという現実があります。




大口径の弊害

 Bach引退後のマウスピースの大口径化は、Bachが想定していなかった問題を起こしました。 体に合わない大きなマウスピースを使う事で、音が開いてしまいタンギングに破裂音が混ざってしまいます。 1Cや1-1/4Cを使用して美しい音が出せる人は遥かに少数なのです。 また体力を奪い、マウスピース内での正しいアンブシュアを崩れさせ、音の狙いを不正確にします。 1~3のリム形状はBach本人が製作したものではないという事も、発音が崩れる原因の一つかもしれません。 Bach引退後のセルマーの技術者により、3Cを大きく深くして1-1/2Cが作られ、さらに大きく深くする事で1Bが製作されました。 これらの大きなリムは27スロートで販売された為、スロート拡張加工を思いつかなかった奏者の多くにとってはリムが大きいのにスロートが小さくバックボアも細い、 バランスの悪いマウスピースとなりました。



スロートとバックボアの拡張

 大口径のマウスピースが27スロート・10バックボアや7バックボアと相性が良くない事に気付いていた人は多く、 SchilkeやGiardinelliは拡張スロートと共に、太いバックボア形状について研究されていました。 しかしこの2社はシンフォニックな音を求める奏者が好むメーカーでは無かった為、クラシック奏者からはあまり注目されませんでした。 1~3のリムについては、ベストなスロートとバックボアの答えは出ていません。 現在のBachマウスピースに用いられているA~Eカップの各スロート(24、7、10、76、117)は1920年代~1930年代に確定したもので、そこから進化していないのです。 多くのクラシック奏者はスロートを26~22に拡張し、24バックボアを選択しています。

 2018年にBachからシンフォニックモデルと称し、1C・1-1/4C・1-1/2Cのリムに26~22のスロート、24バックボアのマウスピースが標準品として発売されています。 このシンフォニックモデルは後に2Cや3Cにも追加されました。 「太いバックボアは豊かな音が出る」と言われますが、音量にも影響します。 24バックボアは10バックボアや7バックボアよりも容積が大きい分、大きな音が出しやすいのです。 特注対応にはなりますが、5Cや6Cを26スロートに1段階のみ拡張し、24バックボアにするという組み合わせも、悪くない選択肢と言えそうです。 また現在MonetteやBreslmairから発売されているマウスピースは、Bachの24バックボアよりもはるかに太く広がりの早い形状となっています。




Bach シンフォニックモデルマウスピース

リム スロート バックボア
3C 22 ~ 26 24
2C
1-1/2C
1-1/4C
1C




現代のD/Es管とBachマウスピース

 BachのDカップやEカップは、本来SMボア・304ベルや311ベルを採用した20世紀前半の小型のD管トランペットの為に開発されたマウスピースでした。 後継機のM236/7Dも室内楽や編成の小さな古典的交響曲での使用が想定されていました。 これらの楽器には7DWのマウスピースを用い、コンパクトな音量で演奏する事をBachは考えていました。 Bach本人はD管がオーケストラの現場で主力機として使われる事は想定していなかった為、大きくて豊かな音は求めていなかったのです。

 しかし1970年代になるとSchilkeからMボアを採用したD/Es管E3LやE3L4が発売され、soloやオーケストラの現場でD/Es管で大きな音を出すようになりました。 これらの楽器に7DWを用いると音が明るすぎてオーケストラの中で浮いてしまいます。 またBカップやCカップで大きな音を出そうとすると、音程やコントロール面でベストな選択とは言えません。 Bach引退後のSelmer(U.S.A.)からも、MLボア239ベルを採用した189、Lボアを採用した189XLも登場し、D/Es管のボアの大型化が進みました。 これらの楽器は20世紀前半のD管とはかけ離れているため、Bachのマウスピースと組み合わせるとバランスが良くないのです。 Maurice Andréは早期からこの組み合わせの悪さに気付き、C管・D管・Es管は1966年から1985年までSelmer(Henri Selmer Paris)を使用していました。

※ Maurice André
Born:May 21, 1933 in Alès, Gard, France
Died:February 25, 2012 in Bayonne, Pyrénées-Atlantiques, France
20世紀最大のトランペットソリスト。彼の登場により、クラシック界ではそれまでソロ楽器としての地位が微妙だったトランペットの評価が一転した。 彼のテレマン・バッハ・ハイドン・フンメルらのトランペット協奏曲の録音は作品の再評価につながり、多くのトランペット奏者の定番レパートリーとなった。 パリ音楽院卒業の翌年、パリ国際音楽コンクールで優勝。1955年にジュネーヴ国際音楽コンクールにて優勝、1963年にもミュンヘン国際音楽コンクールにて優勝している。 1959年にHenri Selmer Paris社と協力して現代のピッコロトランペットを開発、1985年までアドバイザーとなる。 1985年以降はスペインのStomvi社のアドバイザーとなり、誰もが演奏しやすいEs管やピッコロトランペットを完成させた。













 以下記述途中



















参考資料
バックボア計測データの比較


 以下の比較データは独自にVincent Bachマウスピースのバックボアを計測し、数値をグラフ化したものです。この計測データの信頼性については一切の保証を致しかねます。あくまで個人の趣味の範囲で計測したものと捉えてください。また個体差等の誤差についても不明である事をご了承ください。




各カップにおける標準バックボア
A:24、B:7、C・無印:10、D:76、E:117


 グラフ下側がマウスピース側、グラフ上側楽器側。右に行けば行くほど大きくバックボアが拡がっている。途中までの開き方は殆ど変わらないが、中盤以降に24番と117番が大きく開いている事がわかる。









標準Cカップの10番バックボアとシンフォニックバックボアとされる24番、ピッコロトランペットで定番の117番バックボアの比較。

 117番は時々細いと勘違いされるが、24番よりもはるかに大きく開いている事がわかる。









標準Cカップの10番バックボアと、Schmidt Styleとされる7番バックボアの比較。

 7番はやや深めのBカップのバックボアで、「Schmidt」という名前から、太くでロータリートランペットに最適だと思われがちであるが、実際には10番と太さはさほど変わらない。これは1920年代のロータリートランペットのバックボアであり、当時はロータリートランペットのバックボアは今ほど太くなかったのである。Gustav Mahlerが生きていた頃のボヘミアやウィーンのトランペットは、このような細いバックボアのマウスピースで演奏されていた。









標準Cカップの10番バックボアと、浅いDカップ・Fカップで採用されている76番バックボアの比較。

 76番は細いとされているが、10番と殆ど変わらない。









Vカップや特注バックボアも合わせた比較。

 41番の細さと87番の太さが目立つ。









細い41番バックボアと10番・76番との比較。

 41番バックボアは明るい音で有名である。前半の拡がり方全バックボア中で最も細い。









3番バックボアと24番、10番の比較。

 3番バックボアは24番に次いで暗い音とされる。前半の拡がり方が非常に大きいことがわかる。現在のバックボア番号の中で最も若く、Bachが最初期に設計したものと推定される。









太い87番バックボアとVカップに採用されている25番バックボア、24番と117番の比較。

 シンフォニックとされる24番バックボアよりも太いBach製バックボアはいくつか存在する。一つは5Vマウスピースに採用されている25番バックボアである。5Vは20スロートで、フリューゲルホルンマウスピースのような直線的なVカップである。25番バックボアとの組み合わせで大きな音で息がよく入るようになり、豊かな音が鳴る。もう一つは87番バックボアである。87番は全バックボア中で最も太く117番よりはるかに太い。現在のロータリートランペットに用いると良い結果が出るだろう。










Vincent Bachの歴史に進む。










 
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